少し前のことですが、来日していたユーフォニアム界の巨匠ブライアン・ボーマン氏の演奏やレッスンを聴かせていただいたときのことを書き残したいと思います。
同氏の演奏は以前こちらのブログでCDのご紹介でも書かせていただいています。
最近買ったCDのことについてでも書いてみようかと思います。 『The First Carnegie Hall Euphonium Recital ~Brian Bowman Euphonium~』 素敵なジャケット写真[…]
ウィルソンユーフォニアムフェスティバル2019
1つ目は2019年1月18日(金)に浜離宮朝日ホールにて開催されたウィルソン・ユーフォニアムフェスティバル。
ブライアンボーマン氏が愛用しているユーフォニアムメーカーであるウィルソン(Willson)社が数年に一度開催しているフェスティバルにゲストとして出演するされていたのを聴きに伺いました。
ウィルソンはスイス発のメーカーで日本のヤマハやイギリスのベッソンと並んで圧倒的なシェアを誇る楽器メーカーです。
このフェスティバルでは日本のウィルソンユーザーのアーティストが一堂に会して演奏する文字通りお祭りのようなイベントなのですが、今回そのゲストとしてブライアンボーマン氏は2部で3曲ほどをソロリサイタルとして演奏されました。
私自身も生で聴くのは今回が初めてでしたが、どんな時でも真摯に音楽に向き合っていることが伝わってくるあたたかい演奏にとても心癒されました。
直接お話したことこそありませんが、演奏の随所にお人柄が滲み出ていて、初めて聴くのになぜか懐かしい、音楽的にも「ずるいよなぁー」と思う瞬間が多々ある素晴らしい演奏でした。
また、楽器をコントロールするということに関しても既に70歳を過ぎておられる氏の年齢も全く感じさせない安定感があり、無理のない合理的な奏法は決して一朝一夕にできるものでもないと感じました。
それはまさに、素晴らしい奏者が年齢を重ねた結果無駄なものがそぎ落とされた洗練された音楽でした。
ミニコンサート&公開レッスン
そんなボーマン氏が後日2019年1月24日(木)に武蔵野音楽大学にて行なった「ミニコンサート&公開レッスン」。
こちらにも足を運ばせていただきました。
ミニコンサートはフェスティバルの時に感じたことを再確認させていただきつつも、会場がリハーサルスタジオと広かったこともありいわゆる楽器の「鳴り」は浜離宮の時よりも肌で感じることができました。
管楽器をやっていると「肺活量すごいんでしょ!」と言われることも多いのですが、実際には肺活量よりも楽器をいかに効率よく響かせるかの方が重要に感じます。
こちらのボーマン氏のミニコンサートでの演奏からは、しっかり楽器を鳴らすことがいかに基本で大切かを教えていただきました。
そしてその後行われた公開レッスン。
武蔵野音楽大学のユーフォニアム専攻の学生さんを対象に基礎レッスンと曲のレッスンとに分かれていました。
ユーフォニアムの海外アーティストの公開レッスンというのはありそうで意外とないので、そういう点でも非常に新鮮に勉強させていただきました。
基礎レッスンはレミントンを中心にボーマン氏が編纂したA4一枚の楽譜を使って行われました。この楽譜は会場に来ていた人全員にも配られたのですが、まさにボーマン氏の洗練された奏法を裏付けるような各技術のエッセンスを集結させた内容になっていました。
レミントン: トロンボーンのためのウォームアップ練習曲 (ヘ音記号表示による楽器用) /ハンスバーガー編/アキューラ社
そしてこの基礎練習をボーマン氏本人も50年以上続けているのだとか。70歳をすぎた博士の言葉は重みが違います。やはり
ローマは1日にしてならず
継続は力なり
なんだと改めて実感させられました。
またレッスンの時に発せられる言葉一語一語にも本当に説得力がありました。
ここからは個人的に印象に残った言葉を引用しながら書き留めておきたいと思います。
ブライアン・ボーマン氏の言葉
心理編
「Communicate music!」
ボーマン氏がカステレーデの曲をレッスンしている際に発した一言。訳は「音楽と通じ合って!」ということになるでしょうか。
音楽がなにを求めているかを音楽との対話で考えるんだよ。と優しくもクラシック音楽の本質をついた言葉でした。
「Hate notes,Love music.」
訳は、「音じゃない、音楽を愛してる」。管楽器は音を出すのが難しい分、どうしてもそこにこだわってしまった結果“音楽”まで頭が回らないということがあります。
でも、音楽のことを考えるからそれに見合った音やスキルが必要。
考えてみれば当たり前のことですが、これも見失ってはいけないなと思います。
「Not “into”, threw instrument!」
これはボーマン氏がしきりに言っていた息についての一言。
楽器に息を“入れる”のではなく、息は楽器を“通り越すんだ!”とおっしゃっていました。
これは個人的に結構新鮮な発見でした。
このマスタークラス聴講して以来、私も自分がレッスンする際にこのイメージを生徒に伝えるように心がけるのですが、このイメージひとつでだいぶ音が明るくなります。
ユーフォニアムはトランペットやトロンボーンといった直管の楽器と比べると、楽器を身体の前に抱えていることもあり、どうしても息の届けるポイントが身体に近くなりがちです。
それを息が楽器を“通り越していく”イメージを持つことでしっかりと抜ける音、遠鳴りする音に変わっていました。
アメリカの音楽大学ではユーフォニアム専攻生がトロンボーンも履修することが多いそうで、そういった土壌もこの発言の裏側にはあるのかなと聞きながら思いました。
「I am Boss!」
曲のレッスン中に発せられたボーマン氏のユニークなお人柄が伝わってくる一言。受講していた生徒さんもユーフォのベルにこの言葉を言わされていました笑
要するに「楽器を支配するのは自分だ!」ということで、楽器にふりまわされない。楽器に自分がボスだと言い聞かせろ!ということです。
こんなことを言ってる人を日本ではあまりみかけないのでこれも耳に残りました。いいですよね、アイ・アム・ボス!
「Beyond Limit!」
これもボーマン氏が70を超えてもなお現役でいられる秘訣かなと思います。“自分の限界を超えていく”というのは年を重ねれば重ねるほど難しくなるように感じます。
この短い言葉を実現し続けることがどれほど難しいか。言うだけでなく実現してきたからこそ今のボーマン氏がいるのだと痛感します。
そう言えば先日2019年3月21日にイチロー選手が45歳でプロ野球の世界を引退されましたが、その時の会見で
「人を越えることなんてできない。できるのは自分を少しずつ越えていくことだけだ。」
とおっしゃっていて、その言葉もとても印象に残っています。
それぞれの世界こそ違えど、ボーマン氏やイチロー選手のように人徳者かつその道を極めた人たちの心持ちはやはりどこかで共通しているんだと思います。
技術編
ここでボーマン氏の奏法的なアドバイスもまとめておきたいと思います。
音をまっすぐねらう
高い音や低い音は上下の関係ではなく、距離で感じる方がよい。
ロングトーンやリップスラーの練習の際、息をしっかり出した上で、高い音は自然とアンブシュアがまとまって遠くにポイントがあり、低い音は高い音に比べると近くになる。
アンブシュアはほどほど
アンブシュアは強すぎても弱すぎてもだめ。ほどほどに。意外と楽でも大丈夫。
ヴィブラートを効果的に使う
感情が高まった結果のヴィブラートは自然だし表現の引き出しとしても必要。かけるスピードや幅にも注意して習得する。
そのほかにも
・高い音の力みを無くす
・フレキシビリティー(柔軟性)をつける
という副次的な効果もある。
高く立つ
自分が立つときは高く立っているイメージを持つこと。
まとめ
個人的に印象に残った奏法やマインドに関する言葉を書き留めてみました。
最後にもうひとつ「指導」に関してボーマン氏の印象的な言葉があったので書き残します。
これまでのレッスンを振り返るといかに楽器を演奏するかを教えたというより、いかに聴くかを教えたように思う。
楽器を演奏することにおいて最も重要なのは「聴く」ことを置いてほかにないんだなと感じました。
極論すれば
聴ける人は残り、聴けない人は淘汰されていく。
んじゃないかなとも思いました。
たしかに自分でも生徒でも聴くことができるとある程度勝手に上手になっていく気がします。
自分でレッスンを受けることはあっても人のレッスンを見る機会はそんなに多くありません。
そんな中、最初にも書きましたが今回有名なユーフォニアム奏者のマスタークラスを聴講して奏法や演奏上の意識といった単純な内容はもちろんのこと、自分がこれまでにしてきたレッスンもそんなに的が外れていなかったのかなと少しですが自信を持つことができました。
そしてこうして色々書いてみましたが、その全てを「こういうことか」と、感じることができるのがブライアン・ボーマン氏の音と音楽でした。
日本で今後聴ける機会があるのかはわかりませんが、ユーフォニアムを演奏する人には是非一度生で聴いていただきたいと思います。
さいごに、これは個人的にになったことですが、これほどまでに圧倒的な音楽家であるボーマン氏が今後どんな形でユーフォニアムを続け向き合っていくのか、また楽器を置くことがあるのかにも興味を持ちました。
そして今回ユーフォニアム界の生きる伝説とも言える氏の演奏や指導を生で見る機会に恵まれたのは本当に幸せな体験だったなと今改めて思います。
この夏もおかげさまで多くの学校に携わらせて頂いております。 仕事の特色上、小学生、中学生、高校生とあらゆる世代の子供たちに楽器や音楽について教えることがあるのですが、 最近になって、教えるときの違いを意識するようになってきまし[…]