理不尽な日々に向き合うこと

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今回の記事は完全に自分のはけ口です。

最近、理不尽なことが続く。

何か自分が悪いことをしたのか?
と疑いたくなるような続き具合である。

音楽にかかわること、
日常生活にかかわること、 
様々なところで起こる。

その理不尽さといったら、
25年の人生の中でも最大級である。

さすがに溜まりに溜まったある日、
同郷の友人に話を聞いてもらった。

単純に吐き出す相手がいるだけでも十分にリセットできてありがたい。

そして、その彼がとても興味深い見解を示してくれたので、書き残しておきたい。

私(たち) はいわゆる“ゆとり”といわれる世代である。

彼曰く、この世代は「そうは言ってもそんなに苦労していない」らしい。
だから、そんなゆとり世代の自分たちにふりかかってくる
『理不尽』なことの数々は、
自分をステップアップさせるためにはとても有意義なことである。 

そしてそんな状況に置かれている自分(私)が羨ましい。

というようなことを言っていた。
なるほどである。

あとから考えれば冷静な自分なら考えられたことかもしれない。
しかし、これが当事者である時はなかなか考えられない。

だからこそ、行き詰った時に話のできる友人がいることは
つくづくありがたい。と感じた。

最近のこの理不尽な出来事の数々にはほとほとうんざりもするが、
これも、次の自分へのステップアップになるのだと信じて、
投げ出さずに向かい合っていきたい。 

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