【演奏会】新居由佳梨~ラヴェル・ピアノシリーズ Vol.3~

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本日は銀座・王子ホールまでこちらのコンサートを聴きに行ってまいりました。
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ピアニストの新居由佳梨さんは私が学生時代の頃、
芸大の管楽器伴奏助手として学生の試験などで伴奏してくださっていました。

私自身も卒業試験という大変大きな舞台で
Jan Bach作曲のコンサートバリエーションズで共演させていただき、 
大変お世話になったと同時に、
音楽的にも人間的にも尊敬してやまないピアニストでもあります。

この演奏会は、
そんな新居さんが2013年から年1回のペースで続けてこられた
モーリスラヴェルのリサイタルシリーズの最終回でした。

私は1回目と3回目を聴きにいかせて頂いたのですが、
3年たった今でも1回目のリサイタル時の衝撃は忘れません。

初めて新居さんのソロピアノを聴いた場でもあり、
初めてちゃんとしたピアノリサイタルを聴いた場でもあったのですが、

隅々まで音楽とメッセージにあふれたその演奏に、
心打たれたのを覚えています。 

こちらのコンサートシリーズはCDにもなっています。
『新居由佳梨/透明な風 ラヴェル名曲集』
www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=5623&cd=MECO000001016

CDの裏ジャケット。
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そして、

今回のリサイタルもその1回目の興奮をそのまま残したような、
素晴らしいリサイタルでした。

プログラムはこんな感じでした。
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ソロあり、連弾ありとシリーズ最終回を飾るに相応しい
華々しいプログラムでした。

この演奏会シリーズには、
“プリズムを求めて”という副題がつけられているのですが、
ラヴェルのもつ音楽の多様性に
新居さんご自身の音楽の多様性があいまって

本当に、光を全反射するプリズムを見ているかのような印象でした。 

…と、こう感じたのは今ブログを書いているときに改めて気づいたことで、
演奏会中に感じていたのは

『様々な感情が呼び起こされる』

というもっと単純なものでした。

悲しみ、切なさ、愛しさ、寂しさ、エキゾチックさ、感謝、幼さ、官能、美しさ、別れ… 

など。

本当に様々な感情が浮かび上がっては消えていきました。 

演奏を聴きながら、技術面(単純な技術や、音楽的な巧さ)に
全く関心がいかなかったという意味では
久しぶりに純粋に音楽を楽しむことのできた演奏会だったかもしれません。 

たった一台のピアノからつむぎだされる音に
そこまで多くの感情を想起させられることに、
純粋な感動や、新鮮さを覚えました。

きっと新居さんのラヴェルへの想いがそうさせるのだろうと
これも今この文章を書いていて、改めて、思います。

リサイタルの最後に新居さんがおっしゃっていた言葉に
とても印象に残った言葉がありました。

『ラヴェルという作曲家がこんなに傍にいてくれることを、心強く思う。』

と。

演奏家と作曲家がこんな関係性にあるということを
とても素敵だと感じたと同時に、どこか羨ましくも感じました。

その言葉の後に、アンコールとして演奏されたのは、
“亡き王女のためのパヴァーヌ”

その演奏を聴いて私の中に浮かび上がった感情は、

“感謝”と“別れ”

でした。
自分でもなぜそう思ったのかはわかりません。
“感謝”は演奏の前に新居さんがおっしゃった『すべての人に感謝をこめて』
という言葉からもなんとなく想像がつきますが、
それがなぜ“別れ”という感情に結びついたのかはいまいち判然としません。

“亡き王女”という言葉からそう思わされたのか…
自分の人生の中で、“別れと感謝”の気持ちがリンクした場面があったからなのか…

はたまた、素晴らしいリサイタルシリーズが“終わってしまう”ということが別れなのか…

いずれにせよ、そんなどこか線の細い繊細な気持ちを感じながらコンサートは幕を閉じました。

新居さんのモーリス・ラヴェル、またどこかで聴きたいと思います。

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